徳川 家康

三河国, 武蔵国, 遠江国, 駿河国

概説


三河国の生まれ。松平広忠の嫡男。幼名は竹千代。

今川氏の人質として駿府へ送られる途中、戸田康光によって織田氏へ売り払われたが、人質交換により取り戻された。

桶狭間の戦いで今川義元が討たれると独立し織田氏と同盟を結んだ。

三河一向一揆が勃発すると半年かけてこれを鎮圧した。

掛川城にて今川氏真を降し遠江国を獲得した。

織田氏と共に浅井・朝倉連合軍を姉川の戦いで破った。

三方ヶ原の戦いでは武田氏に大敗したが、長篠の戦いでは織田氏と共に武田氏を打ち破った。武田氏滅亡後、織田信長の招きで堺を遊覧中に本能寺の変が発生、家康は命からがら三河国へと帰還した。変後、空白地帯となった旧武田領へ侵攻し甲斐国・信濃国を獲得した。

織田家内で台頭していた羽柴秀吉と対立するも、最終的には秀吉への屈服を余儀なくされた。秀吉死後、関ケ原の戦いで勝利を収め、天下人としての立場を確立、征夷大将軍に任官し、晩年には豊臣氏を滅ぼして徳川氏の日本支配を盤石なものにした。

 

コメント


ふんどしは洗濯の回数を減らすために薄黄色のものにしていたそうで、家臣たちにも奨めていたらしいです。どれくらいのペースで洗濯していたのか気になります。