公文 重忠
(くもん しげただ)
公文 重忠
投稿日:2018年 3月 17日

 土佐国の生まれ。父は細川氏庶流の天竺氏の家臣・石谷重信。重忠は同じく天竺氏の家臣である公文正信の養嗣子となり公文氏を継いだとされる。
 主君の天竺氏が長宗我部国親に滅ぼされると、横山氏や下田氏と共に国親に抵抗するため出陣するが、増水した物部川の渡河に手こずり、その間に戦いは終了してしまった。仕方なく重忠は居城の徳善城へ引き返し、その後まもなく国親の軍門に降って家臣となった。
 勇猛な武将だったが貧乏で正月の餅つきができないほどだったため、城下ではそれがそのまま恒例になったと伝わる。

 「くもん行っくもん!」でお馴染みの公文式を創始した数学者・公文公(くもん とおる)氏のご先祖様らしいです。重忠については、こういう家名の残し方もあるんだなあと思わされました。


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