志道 広良
(しじ ひろよし)
志道 広良
投稿日:2018年 1月 5日

 安芸国の生まれ。父は志道元良。家系は毛利氏庶流の坂氏の一門で父の代から志道氏を名乗った。
 若年であった毛利元就の器量を早くから見抜き親交を結んだ。毛利氏当主・毛利興元とその嫡子・幸松丸が次々に亡くなると、元就が家督を継いだ。しかし元就とその異母弟・相合元綱との間で争いが起きたため、広良は元就を支持して他14人の宿老たちとともに起請文を提出し忠誠を誓った。
 元綱が元就の暗殺を企んだ際には、それを察知した元就の命で元綱の居城・船山城を急襲し、元綱を討ち取った。本家の坂氏は元綱側に付き、当主であった坂広秀は死亡したため、自身の次男・志道広昌に坂氏の名跡を継がせた。以後、宿老として元就を支え、元就の嫡子・隆元の後見役を務めるなどして毛利家を支えた。91歳で死去。

 イラストは、広良が隆元に対して説いた「君は船、臣は水」という格言から、水をイメージした甲冑姿で描きました。文治系なイメージが強そうなので、あえて甲冑を着せてみました。ちなみに前述の格言は荀子の王制篇に載っているものらしいです。


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