宇都宮 国綱
(うつのみや くにつな)
宇都宮 国綱
投稿日:2017年 12月 27日

下野国の生まれ。父・広綱の病死により幼くして宇都宮氏の家督を相続する。しかし、まだ幼かったため反宇都宮勢力の壬生氏や皆川氏などの国内勢力の反発が広がり、北条氏による侵攻も激化した。国綱は常陸国の佐竹氏や下総国の結城氏、甲斐国の武田氏などと手を組みこれに対抗した。周辺の諸勢力が北条氏に寝返ってゆく中、国綱は対抗姿勢を貫いたため宇都宮氏は孤立し窮地に立たされてしまう。しかし、豊臣秀吉による小田原攻めの気運が高まると豊臣側として小田原征伐に加わり、石田三成が指揮する忍城攻めに参加して所領を安堵された。秀吉の力を背景に家中の統制を強めたが、浅野長政の三男・長重を養子に迎えることに対して長年苦労を共にしてきた弟の芳賀高武などの門閥重臣が猛反対し、それを恨んだ長政が秀吉に讒言し宇都宮氏は改易されてしまった。秀吉から、朝鮮での戦功次第で再興を許す旨を伝えられると慶長の役に参陣し武功を挙げたが、肝心の秀吉が死去してしまったため再興は叶わなかった。その後は諸国を流浪し失意のうちに病死した。

戦国武将と全然関係ないコメントで申し訳ないのですが、国綱を調べている途中、栃木県関連で蕎麦の情報が結構入ってきました。特に「ちたけ蕎麦」が有名らしく、食べたい気持ちで頭がいっぱいの中イラストを描きました。


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