武田 信玄
(たけだ しんげん)
武田 信玄
投稿日:2017年 10月 1日

甲斐国の生まれ。幼名は太郎。最初の正室は上杉朝興の娘で夫婦仲は良かったらしいが、出産の折に難産のため母子ともに亡くなったと伝わっている。元服して晴信と名乗り、継室として三条公頼の娘(のちの三条夫人)を迎えている。初陣は信濃佐久郡で行われた海ノ口城攻めといわれている。突如父・信虎を追放し武田家の家督を継いだ。手始めに信濃国の諏訪頼重を攻めその領地を掌握している。今川氏、北条氏との関係が安定化すると本格的に信濃侵攻を始めた。上田原において村上義清と激突、武田軍は敗れ重臣の板垣信方や甘利虎泰など多くの将兵を失った。この機に乗じて信濃守護・小笠原長時が攻めてくるが塩尻峠にてこれを破った。武田軍が小笠原領に攻めると長時は義清のもとへ逃走した。勢いに乗った武田軍は義清の支城である砥石城を攻めるがここでまた大敗し横田高松などを失っている。真田幸隆の調略で砥石城が落ちると形勢は逆転し義清は葛尾城を捨てて越後の長尾景虎(上杉謙信)のもとへと逃走した。信濃川中島において北信濃の領有権を巡って景虎と五度に渡って争い、特に四度目に行われた合戦では弟の武田信繁や重臣の室住虎光、足軽大将の山本勘助などが討死する大激戦が繰り広げられた。川中島の戦いと並行して上野国箕輪城を攻め落とし上野西部を手中に収めた。桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると駿河侵攻を開始するが、北条氏が今川方に与したため関東諸将と同盟を結び北条氏の本拠地・小田原城を包囲した。城は落ちなかったが、戦況を考慮した北条氏により関係の回復が行われ、武田軍は再度駿河へ侵攻し駿府を掌握した。将軍・足利義昭からの要請もあり遠江・三河への侵攻を開始する。破竹の勢いで諸城を落とし、三方ヶ原の戦いにおいては徳川勢を完膚なきまでに叩きのめした。しかし野田城を攻めた頃から体調を崩しはじめ、甲斐へ帰還することが決定されるも、帰りの道中で死去した。

大河ドラマ「おんな城主 直虎」では松平健さん演じる信玄がなかなか強烈でしたね。松平信玄はかなり好きですが、個人的には田舎暮らしのお坊ちゃまというイメージが強いです。


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